榊（さかき）は、神棚に供える神聖な植物として日本人にとってなじみ深い存在です。ところが一方で、「庭に榊を植えると縁起が悪い」「不幸を招く」といった言い伝えを耳にしたことはありませんか？身近に神様をお迎えするはずの榊が、なぜ植えてはいけないとされるのでしょうか。この記事では、そうした言い伝えの背景にある歴史や信仰、さらには農村に伝わる実用的な理由まで掘り下げながら、本当に榊を庭に植えてはいけないのかを考察していきます。
榊（さかき）とは？
榊（さかき）は、ツバキ科サカキ属の常緑樹で、日本の神道において非常に重要な植物とされています。一般的に「本榊（ホンサカキ）」と呼ばれるのは、関東以西の温暖な地域に自生するCleyera japonica（クレイエラ・ジャポニカ）という樹木で、葉は光沢があり厚みを持ち、年間を通じて青々としています。その姿から「常に変わらぬ清浄さ」を象徴するとされ、神棚への供え物や神事に使われてきました。
名前の由来は「境の木（さかいのき）」とされ、神の世界と人間の世界をつなぐ神聖な境界を意味すると言われています。葉は長寿で落ちにくく、切り取っても数日間は鮮度を保つため、祭事にも重宝されてきました。見た目が似ていることから、東日本ではヒサカキ（姫榊）が代用されることも多く、「榊」として扱われていますが、正式な神事では本榊が使われるのが一般的です。榊は単なる植物ではなく、神様の依り代（よりしろ）として、今も多くの家庭や神社で神聖視されています。
神と人をつなぐ植物としての神聖性
榊という名前自体が「境（さかい）の木」に由来すると言われています。これは、神の世界と人間の世界を隔て、つなぐ役割を担う植物であるという意味です。榊はその神聖さゆえに、神棚や祭事で用いられる特別な存在となっています。そうした意味を持つがゆえに、かつては誰でも気軽に植えたり扱ったりするものではなく、慎重な姿勢が求められました。
特に古代や中世の日本では、神を祀る役割は主に貴族や武士といった上位階層に限られていたため、榊を庭に植えるという行為も、身分の高い者が神域を表す象徴として行うことでした。一方で、一般の庶民がそのような神聖な木を自らの敷地に植えることは、「恐れ多い」「身の程をわきまえない」と捉えられる向きがあったのかもしれません。
害虫の問題と農村社会の事情
もう一つ考えられるのは、榊につきやすい害虫の存在です。榊はカイガラムシやスス病などの病害虫が付きやすい性質を持っており、とくに農業が中心だった時代の村社会では、そうした害虫が畑に被害を及ぼす可能性が懸念されていました。畑の近くに榊を植えることで、果樹や野菜への虫の移動を誘発してしまい、収穫に影響が出ると考えられたのです。
こうした実用的な理由から、「榊を植えると畑が荒れる」「縁起が悪い」などといった言い伝えが形成され、口伝えに残っていったと考えることもできるでしょう。信仰と実用が重なり合う民間伝承では、このような融合は珍しくありません。
現代における榊の扱いと植える場所
では、現代において榊を植えることは避けるべきなのでしょうか。答えは「必ずしもそうではない」です。現在では、榊を神棚に供えるために自宅の庭に育てている家庭も多くあります。むしろ新鮮な榊を絶やさずに供えるために、自宅で栽培することは合理的であり、神様への敬意を込めた行為とすら言えるでしょう。
ただし、植える場所については少し配慮が必要です。たとえば神棚と同様に、清浄な場所に植える、南か東向きにする、植えた榊の根元を踏み荒らさないなど、神聖な植物としての扱いを意識することが大切です。また、家の鬼門や裏鬼門に植えるとよくないという風習も地域によっては存在します。そうした伝承を重視する方は、植える方角にも気をつけると安心でしょう。
他にも考えられる言い伝えの背景
榊を植えることへの忌避には、他にもいくつかの背景があると考えられます。たとえば、榊は常緑樹であるため、墓地や神社の森など、静謐で神秘的な空間と結びつくことが多く、「死」や「異界」を連想させるという考えもあったかもしれません。そのため、家庭に植えると「家に不幸が訪れる」といった噂が広がった可能性もあります。
また、榊を切ることが神罰につながると恐れられたように、扱い方に注意が必要な植物としての側面が強調された結果、「植えない方がよい」といった考えが広まったとも解釈できます。
植えても問題ないが、敬意をもって扱うべき植物
結論として、榊を庭に植えてはいけないという説には、歴史的・文化的・実用的な背景があるものの、それ自体が絶対的な禁忌というわけではありません。むしろ、榊を神聖なものとして敬いながら、供養や祭事に活用するために育てることは、古くからの信仰心を現代に継承する行為でもあります。
大切なのは、榊をただの庭木として扱うのではなく、神の依り代として丁寧に向き合うこと。その心構えがあれば、自宅の庭で榊を育てることはむしろ歓迎すべき信仰の表れとなるでしょう。
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