
古墳の上や周囲に並べられている素焼きの人形や円筒形の土製品を「埴輪」と呼びます。踊る人物や馬、家をかたどったものなど、その姿は非常に多彩です。一見すると素朴な造形ですが、埴輪は古墳時代の社会構造や信仰、死生観を映し出す重要な考古資料です。
この記事では、埴輪とは何か、その種類と意味、そしてよく混同される土偶との違いについて、時代背景を踏まえて解説します。
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埴輪とは何か
埴輪とは、主に3世紀後半から6世紀にかけて築かれた古墳に配置された土製の造形物です。語源は「埴(はに)」、つまり粘土に由来し、焼成された素焼きの土器として作られました。
埴輪は被葬者の副葬品というよりも、古墳の外部に配置される点が特徴です。墳丘の上や周囲に並べられ、古墳を区画し、聖域としての境界を示す役割を持っていたと考えられています。
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埴輪が作られた時代背景
埴輪が登場する古墳時代は、ヤマト王権が成立・拡大し、豪族たちが広域的な政治連合を形成していった時代です。巨大な前方後円墳が各地に築かれ、支配者の権威を視覚的に示す必要がありました。
その中で埴輪は、古墳という巨大なモニュメントを装飾し、同時に儀礼空間を演出する装置として機能していたと考えられます。
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埴輪の基本形、円筒埴輪
最も古い埴輪の形式は円筒埴輪です。これは中が空洞の円筒形で、当初は墳丘の斜面や頂部に等間隔で並べられました。
円筒埴輪は装飾性よりも機能性が重視され、墳丘の土留めや区画表示の役割を担っていた可能性があります。後の形象埴輪は、この円筒埴輪から発展したものと考えられています。
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人物埴輪と踊る人々の意味
古墳時代中期以降になると、人物をかたどった埴輪が登場します。武人、巫女、農民、楽人など、さまざまな社会的役割を持つ人物が表現されました。
中でも「踊る埴輪」は、祭祀や葬送儀礼の場面を表していると考えられています。踊りは神と人をつなぐ行為であり、被葬者の魂を慰め、祖霊として迎える儀礼的意味を持っていた可能性があります。
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馬・家・道具の埴輪
人物以外にも、馬形埴輪や家形埴輪、武具や農具を表した埴輪が作られました。馬形埴輪は、馬が権力や軍事力、あるいは交通・外交において重要な存在だったことを示しています。
家形埴輪は、被葬者の生活空間や支配領域を象徴するものと解釈され、死後の世界における居所を表したとも考えられています。
| 埴輪の種類 | 主な意味 |
|---|---|
| 人物埴輪 | 社会的役割・儀礼の再現 |
| 馬形埴輪 | 権力・軍事・移動力 |
| 家形埴輪 | 居住空間・支配領域 |
| 武具埴輪 | 武力・守護 |
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埴輪は何を意味しているのか
埴輪は、被葬者が生前に持っていた権威や生活世界を、古墳という場に再構成するための装置だったと考えられます。同時に、古墳を「死者の墓」であると同時に「祖霊を祀る場」とする役割も担っていました。
埴輪が外部に配置される点は、死者の世界と生者の世界をつなぐ媒介としての性格を示しています。
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埴輪と土偶の違い
埴輪と混同されやすいものに土偶がありますが、両者は時代も用途も異なります。土偶は主に縄文時代に作られ、祭祀や呪術的目的で使用されたと考えられています。
| 項目 | 埴輪 | 土偶 |
|---|---|---|
| 主な時代 | 古墳時代 | 縄文時代 |
| 使用場所 | 古墳の外部 | 集落内 |
| 目的 | 墓域の演出・儀礼 | 祭祀・呪術 |
| 表現 | 社会的役割・現実世界 | 豊穣・生命 |
このように、見た目が似ていても、埴輪と土偶は全く異なる文化的背景を持っています。
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まとめ
埴輪は古墳時代の支配者の墓を取り囲み、社会秩序や信仰を視覚化した重要な文化遺産です。踊る人物や馬の埴輪は、当時の儀礼や権力構造を今に伝えています。また、土偶とは時代も役割も異なり、日本史の中でそれぞれ独自の意味を持つ存在です。埴輪を知ることは、古墳時代の人々の世界観を理解することにつながります。








