
旧正月は、太陰太陽暦における一年のはじまりで、冬至後二度目の新月を元日とするのが通例です。日本でも近代以前は旧暦で年を数えましたが、明治の改暦で新暦一月一日に正月儀礼を移し、全国的な祝祭は新暦へ統一されました。
本記事では、旧正月の成り立ちと暦法の仕組み、日本が旧正月を一般には祝わなくなった歴史的背景、中国や韓国で春節が今なお最大の年中行事として続く理由を整理します。さらに、旧暦と新暦の違いを表で示し、日本の正月文化がどのように継承と変容を重ねてきたのかを、神道的な年迎えの視点も踏まえて丁寧に解説します。
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旧正月の基本概念
旧正月は、太陰太陽暦における一年の初日を指し、新月を基準とするため毎年の暦日が動きます。冬至後二度目の新月を元日とするのが通例で、現在の暦ではおおむね一月下旬から二月中旬の間に該当します。月の満ち欠けで月首が決まり、季節と暦のずれをうるう月で調整する思想が根底にあるため、新年は天体運行と季節感の結びつきの中で迎えられます。中国語では春節と呼ばれ、長い冬を越えて「春のはじまり」を寿ぐ意味が濃く、東アジア・東南アジアの広い地域で今も大きな年中行事として根づいています。
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日本はなぜ全国的に旧正月を祝わないのか
日本でも近代以前は太陰太陽暦を用い、元日は当然ながら旧正月でした。
ところが明治五年の改暦により、明治六年一月一日からグレゴリオ暦(太陽暦)が施行され、以後は新暦の一月一日を「正月」として全国的に祝う制度へと統一されました。商取引の決済や官庁の事務に国際標準の太陽暦が不可欠となったこと、文明開化の国策として生活リズムの近代化を急いだことが背景にあります。
結果として、年神さまを迎える神道的な年迎えの枠組みはそのまま新暦の正月に移され、門松・注連飾り・鏡餅・歳旦祭などは一月一日前後に行うかたちで定着しました。現在も沖縄・奄美や長崎・各地の漁村などで旧正月の行事が残る地域はありますが、国民的な祝祭は新暦正月に一本化されています。
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旧正月を祝う国と文化的背景
中国では春節が最大の年中行事で、祖先祭祀と一家団欒の帰省、年貨の準備、爆竹や獅子舞などの民俗が連続して営まれます。
旧暦の元日は「歳の更新」と「春の到来」が重なる日であり、国家的にも長期休暇が制度化されています。韓国のソルラルも同様に祖先への拝礼と家族行事を中心とした大祭で、茶礼やトッククなどの伝統食が受け継がれています。農事の周期や祖霊観を核とする「家の年始」が、都市化後も公的休日と結びついて維持されている点が特徴です。
旧正月(太陰太陽暦の元日=春節など)を祝う国・地域と主な行事
| 国・地域 | 呼称 | 主な行事・風習 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 中国本土 | 春節 | 年夜飯(大晦日の団欒食)、春聯貼り、爆竹・花火、年始回り、紅包、廟参拝、獅子舞・龍舞 | 旧暦1月1日を中心に約1週間の大型連休 |
| 台湾 | 春節 | 團圓飯、廟参り、紅包、迎財神、爆竹、ランタン点灯 | Lantern Festival(上元節)まで関連行事が続く |
| 香港・マカオ | 春節 | 獅子舞・龍舞、花市、花火、廟参り、利是(紅包) | 観光色が強くパレードも盛大 |
| 韓国(大韓民国) | ソルラル | 祖先祭祀(茶礼)、新年拝礼(セベ)、トックク、ユンノリ遊び、民族衣装 | 3日前後の連休、帰省渋滞が名物 |
| 朝鮮民主主義人民共和国 | 旧正月 | 家族行事、伝統食、先祖供養 | 公休日としての運用 |
| ベトナム | テト(Tết) | 祖霊祭祀、桃花・梅花の飾り、バインチュン、リシー(お年玉)、初詣 | 「一年の始まり」を最重視する国民的行事 |
| モンゴル | ツァガーンサル | 祖先礼拝、目上からの年始挨拶、ブーズ(餃子)、馬・牧畜文化の儀礼 | 遊牧文化と結びつく年始 |
| シンガポール | Chinese New Year | 団欒食、寺院参拝、チンゲイ・パレード、ライオンダンス | 多民族国家の国民的祝祭 |
| マレーシア | Chinese New Year | 団欒食、オープンハウス、獅子舞、線香花火、アンパオ | イスラム教国だが全国的公休日 |
| インドネシア | イムレック(Imlek) | 寺院参拝、バロンサイ(獅子舞)、紅包 | 2003年から全国の祝日に再指定 |
| (各国の華僑・華人コミュニティ)米・加・豪・欧州など | Chinese New Year | 寺院参拝、パレード、縁起物の市 | 国によっては地域祝祭として定着 |
※上記は代表例です。ほかにブルネイなどで公休日運用の例があり、日取りは毎年変動します。
新暦の正月(グレゴリオ暦の1月1日)を主たる新年として祝う国・文化圏
| 国・地域 | 位置づけ | 主な行事・風習 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 主たる新年 | 初詣、門松・しめ飾り、鏡餅、年賀、初日の出、御神酒・おせち・雑煮 | 明治改暦以降、新暦1月1日に年神を迎える作法を継承 |
| 欧州各国(英・仏・独・伊・西など) | 主たる新年 | カウントダウン、花火、初売り、家族・友人の集い | キリスト教暦の影響と市民暦が融合 |
| 北米(米国・カナダ) | 主たる新年 | タイムズスクエア等のカウントダウン、新年パレード、スポーツ観戦 | 祝日として全国的に定着 |
| 大洋州(豪州・NZ) | 主たる新年 | ハーバーブリッジ等の大規模花火、野外フェス | 南半球の夏季イベントと一体化 |
| 中南米諸国 | 主たる新年 | 打ち上げ花火、願掛け風習、家族行事 | 植民地期以来の西暦運用が基盤 |
| ロシア・東欧 | 主たる新年 | カウントダウン、家族行事 | 正教会暦の「旧正月」(1月14日前後)も文化的には残存 |
| 中東・アフリカの多くの国 | 公的には新暦正月を祝日 | カウントダウン、家族行事 | イスラム暦・エチオピア暦など宗教暦も並存するが、市民暦は新暦 |
※グレゴリオ暦は国際標準の市民暦であり、世界の大多数の国が1月1日を「新年」として祝祭・祝日化しています。宗教暦の新年(イスラム暦、ヒンドゥー暦、エチオピア暦等)が別途重視される地域でも、官公庁や学校・企業の年度運用は新暦に沿うのが一般的です。
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日本史における旧正月の位置づけ
日本は古代から太陰太陽暦を用い、朝廷や寺社、武家から在地の民俗に至るまで、年始の祭礼は旧正月を中核として展開していました。年神信仰のもと、歳徳神の方位を求め、門松や鏡餅を備え、直会で恵みを分かち合う作法が整えられたのはこの暦のもとでのことです。
近代の改暦後は、正月儀礼の骨格を保ったまま日付が新暦へ移動し、神社の歳旦祭や家庭のおせち・雑煮も一月一日前後に行われるようになりました。一方で、旧暦の季節感は今も残り、十五夜・十三夜や節句の行事、節季候の言い回しには太陰太陽暦の情趣が色濃く映っています。
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太陰太陽暦(旧暦)と太陽暦(新暦)の違い
旧暦は月の満ち欠けで一か月が始まり、季節とのずれをうるう月で整える暦法です。新暦は地球の公転に基づく太陽年を基準にし、季節と暦の対応が安定します。両者の性格の違いを理解すると、旧正月の日付が毎年動く理由や、旧暦由来の年中行事が現在の暦でずれる事情が見通せます。
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日本文化の中の「旧正月」の名残と現在
全国的な祝祭は新暦正月に一本化されたものの、旧暦の元日前後には、沖縄や奄美の年中行事、各地の港町での初荷・初競りの時期調整、在来の念仏講や民俗芸能の開催など、地域ごとの息づかいが見られます。
横浜中華街や長崎では華やかな春節行事が行われ、日本の都市文化の中で多文化交流の機会ともなっています。神社では新暦正月の歳旦祭を厳修しつつ、月次祭や節分、祈年祭などを通じて「春を迎える」祈りのリズムを保ち、旧暦の情趣は歳時記や和歌、茶の湯の取り合わせにも生き続けています。
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まとめ 日本の正月と旧正月の関係を学ぶ意味
旧正月は太陰太陽暦の新年であり、東アジアの多くの地域で今も家と社会を結ぶ大祭です。
日本は近代の改暦により新暦正月へ移行しましたが、年神さまを迎えるという年始の本義は現在も連続しています。暦法の違いを理解すると、年中行事の背景や季節の言葉が立体的に読めるようになります。旧正月を知ることは、日本の正月文化の由来と広がりを正しく捉え、他地域の年迎えを尊重しつつ自国の節目を丁寧に祝う視座を育てることにつながります。






