アラハバキ(荒吐神)とは?消されかけている古代信仰・神社

アラハバキ(荒吐神)は、日本の古代信仰において非常に神秘的な存在とされています。アラハバキ信仰の起源や役割については諸説ありますが、特にシュメール文明との関連性が注目されています。この記事では、アラハバキの神格や歴史、シュメールとの関係について詳しく解説し、アラハバキを祀る神社についても紹介します。古代信仰の深層に迫る旅を一緒に始めましょう。

アラハバキ(荒吐神)とは?

アラハバキ(荒吐神)は、日本の古代信仰における神であり、その正体や起源については諸説あります。主に東北地方で信仰されており、古代の風習や土着信仰と結びついています。「アラハバキ」という名称は、「荒ぶる神」や「道祖神」を意味するとされ、多くの神社で道の守護神として祀られています。また、アイヌの古語で「アラハバキ」は女陰の意味があり、クナト(男根)と一対の夫婦神とされます。

シュメールとの関連

アラハバキ神とシュメール文明との関連が指摘されることがあります。これには、シュメール文明が古代日本に影響を与えたという説が背景にあります。具体的には、シュメールの神々や信仰体系がアラハバキ神信仰に影響を与えた可能性があるとする説があるものの、これは確固たる証拠に基づくものではなく、学術的な議論の対象となっています。シュメールの神々とアラハバキ神の類似性を指摘する研究者もいますが、歴史的な確証を得るにはさらなる研究が必要です。

アラハバキと遮光器土偶

アラハバキ神は、縄文時代に崇拝されていた神であり、『東日流外三郡誌』にその名前が見られます。この古文書では、アラハバキ神のビジュアルイメージが遮光器土偶と結び付けられています。遮光器土偶は、しばしば「宇宙人」と関連付けられることがありますが、一部の説ではシュメール神話の女神イナンナと同一視されることもあります。青森県では乳房を強調した遮光器土偶も発見されており、これが「女神」とされています。

アラハバキを祀る神社

アラハバキ神を祀る神社は日本各地に存在しますが、特に東北地方に多く見られます。アラハバキ神を祭る神社の多くは磐座(いわくら)を御神体としていることが多いです。

荒吐神社(宮城県仙台市):東北地方における代表的なアラハバキ神社で、古くから地域の信仰の中心となってきました。

荒脛巾神社(宮城県多賀城市):塩釜神社の末社の一つで、腰から下の病気に霊験があるとされ、旅の安全を祈願する信仰があります。多賀城の外縁に位置することから、外敵退散を目的に建立されました。江戸時代には伊達家から社領が寄進されるなど、由緒ある神社です。

阿波岐原神社(福島県福島市):こちらも古代からアラハバキ神を祀る神社として知られています。

大宮氷川神社(埼玉県さいたま市):埼玉県の氷川神社は、もともと「荒脛巾(あらはばき)神社」と呼ばれており、近辺の見沼田んぼの神として親しまれてきました。しかし、現在の氷川神社の主祭神は出雲系の神々であり、武蔵国造一族がこの地に来た際に信仰が取り入れられ、現在はアラハバキの存在は縮小し、かつて荒脛巾神社だった場所は「門客人神社 」になり、今ではアラハバキの名前もない状態になってしまいました。

これらの神社では、地域の繁栄や安全を祈願する祭事が行われ、地元の人々の信仰を集めています。

謎多きアラハバキ信仰と消されていくアラハバキの存在

アラハバキ神は、縄文時代から広く関東から東北地方にあったアラハバキ信仰の象徴ですが、その後に出雲系の信仰や、天照大御神を最高神とする天皇家への統一などの経緯の中で、地域のアラハバキ信仰は、伊勢(天照大御神・天皇)と出雲(スサノオ・大国主)に塗り替えられて行ってしまったのかもしれません。

まとめ

アラハバキ神は、日本の古代信仰において重要な役割を果たしている神です。シュメール文明との関連性については議論が続いていますが、確固たる証拠はまだ見つかっていません。アラハバキ神を祀る神社は日本各地にあり、特に東北地方で地域の守護神として深い信仰を集めています。