「歴史は勝者によって作られる」という言葉は、しばしば政治や戦争、国家の成り立ちについて語られるときに引用される名言です。この言葉は、歴史というものが常に客観的な事実の記録ではなく、しばしばその時代の権力者や支配者にとって都合よく再構成されるものであることを端的に表しています。本記事では、この言葉の由来や英語での表現、そして日本や世界の歴史における具体的な事例を通じて、「勝者による歴史」の本質に迫ります。
誰が言った言葉か?英語での表現は?
「歴史は勝者によって作られる」という言葉は、一般的にはイギリスの政治家ウィンストン・チャーチルによるものだと紹介されることがありますが、正確な出典は確認されていません。しかし、チャーチルが「History will be kind to me, for I intend to write it.(歴史は私に優しくなるだろう、なぜなら私がそれを書くつもりだから)」と述べたことが知られており、これがこの名言の源流のひとつと考えられています。
英語ではこの考え方は一般的に以下のように表現されます。
"History is written by the victors."
この表現は、単に勝った側が記録を残すという意味を超え、敗者の視点が消され、時にはねじ曲げられることすらあるという警鐘を含んでいます。
勝者によって作られた歴史の意味
歴史は、本来客観的な事実の積み重ねであるべきものですが、現実にはその記録や解釈は常に権力と結びついています。戦争や内戦、王朝の交代など、支配者が変わるたびに、過去の出来事は再定義され、場合によっては改ざんすら行われます。学校で教えられる歴史も、その時代の支配的価値観に沿って編集されたものであることが多く、どの国でも例外ではありません。
この言葉は、常に「もうひとつの視点がある」という前提で歴史を読むことの重要性を示しているのです。
日本における事例 神話と天皇制
日本においても、「勝者による歴史」の代表的な例が『古事記』や『日本書紀』に見られます。これらは8世紀に天皇家の正統性を確立するために編纂された歴史書であり、天照大御神を祖先とする天孫系の天津神が地上を統治する物語が強調されています。一方で、それ以前から各地に祀られていた国津神(くにつかみ)や土着の信仰は、時に従属させられ、場合によっては妖怪や鬼として扱われるようになりました。
これは、中央集権体制を築く過程で、天皇家の支配の正統性を神話のかたちで「物語」として整えた結果とも言えます。
海外における事例 第二次世界大戦と戦勝国の正義
第二次世界大戦後の「ニュルンベルク裁判」や「東京裁判」は、戦勝国が敗戦国に対して一方的に戦争責任を問うかたちで行われました。これらの裁判は国際法の進展という意義もありますが、戦勝国による「正義」の押しつけであり、敗戦国側の反論や視点はほとんど反映されませんでした。アメリカをはじめとする戦勝国の戦争犯罪行為(たとえば原爆投下や一般市民への空襲)については、ほとんど裁かれていないという点でも、この言葉の現実味が浮かび上がります。
また、欧米諸国が植民地支配を正当化するために、先住民の文化や歴史を破壊・書き換えた事例も数多く存在します。アメリカのネイティブアメリカン、オーストラリアのアボリジニ、アフリカ諸国の王朝など、記録の主導権を握った側が自らの支配を当然のものとする歴史を編んできたのです。
「もうひとつの歴史」を知ることの重要性
現代では、考古学や民族学、オーラルヒストリー(口承による歴史)などを通じて、従来の記録に残されなかった視点を掘り起こす動きが進んでいます。学校で学んだ歴史が全てではないこと、時代や立場が変われば「正義」や「英雄」の定義も変わることを意識することが大切です。
「歴史は勝者によって作られる」という言葉は、過去を批判的に読み解くための視点であり、現代をより深く理解するための出発点でもあるのです。
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