塚(つか)の意味や目的とは?古墳や墓との違い、歴史

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日本には「○○塚」と呼ばれる場所や地名が数多く残されています。貝塚、首塚、耳塚、人形塚など、その種類は多岐にわたりますが、「塚とは何か」を体系的に理解する機会はあまり多くありません。塚は単なる墓ではなく、供養、記念、鎮魂、境界といった多様な役割を担ってきた存在です。

この記事では、塚の意味や目的を軸に、古墳や墓との違い、歴史的な変遷、そして○○塚と呼ばれる具体例までを、日本文化の文脈から詳しく解説します。

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塚とは何か

塚とは、土を盛り上げて築かれた小規模な人工の高まりを指し、そこに特定の意味や記憶を託した場所のことをいいます。重要なのは、塚が必ずしも「遺体を埋葬する場所」であるとは限らない点です。

日本における塚は、死者の供養に限らず、出来事の記念、災厄を鎮めるための祭祀、生活の節目を可視化するための装置として機能してきました。つまり塚とは、「何かを土に託し、それを忘れないための文化的な場」であり、墓よりもはるかに広い概念を持つ存在だといえます。

「塚」とは共通して、土を盛り、意味を与え、後世に残すための構造物であり、その意味は「供養・鎮魂」「記念・記録」「境界・結界」「支配・制度」まで広がっています。

機能・目的 具体例(○○塚) 時代・背景の要点
供養・鎮魂 首塚、耳塚、胴塚、無縁塚、供養塚、人形塚、針塚、動物供養塚 中世〜近世を中心に、戦乱・事故・生活に関わる死や役目を終えた存在を鎮め、怨念や不安を和らげるために築かれた
記念・記録 耳塚(京都)、戦没者供養塚、遭難供養塚、災害慰霊塚 特定の歴史的出来事や犠牲を後世に伝えるための塚。供養と同時に「忘れないための記憶装置」としての役割を持つ
境界・結界 境塚、道祖神塚、辻塚、村境の塚 古代〜中世に多く、村境・道の分岐点に築かれ、外からの災厄や霊的存在を防ぐ結界として機能した
支配・制度 一里塚 江戸時代、徳川幕府が街道整備の一環として設置。距離の可視化と交通・空間の統治を目的とした行政的な塚

このように「塚」は、宗教的施設 → 記念碑 → 境界標識 → 行政装置へと役割が拡張してきたところが興味深いところです。

日本人だと、土がこんもりと膨らんでいたり、そこに石碑などが立っていると、何かの祈りや記憶、秩序などをその土地に刻み込んだものだと無意識に感じるのはこのようなところからなのでしょう。

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塚の起源と歴史的背景

塚の起源は、日本列島に人が定住し始めた先史時代にまでさかのぼります。縄文時代の貝塚は、貝殻や動物骨が堆積した生活遺跡ですが、近年では単なるゴミ捨て場ではなく、集落の記憶を重ねる場所、ある種の祭祀的空間だった可能性も指摘されています。

弥生時代になると、集団の中で特別な地位を持つ人物の埋葬に際し、土を盛る行為が一般化していきます。これが古墳文化の基礎となり、土を盛ること自体が「特別な存在を顕彰する行為」として定着していきました。

中世以降になると、塚は必ずしも身分の高い人物に限定されず、戦乱による死者、無縁仏、事故死者、さらには動物や道具にまで広がっていきます。この変化は、塚が「権力の象徴」から「祈りと供養の場」へと重心を移していったことを示しています。

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古墳と塚の違い

古墳は塚の一形態ではありますが、両者は明確に区別されます。

古墳とは、主に古墳時代に築かれた支配者層の墓であり、政治的・権威的な意味合いを強く持ちます。墳丘の形状や規模、埋葬施設は制度化され、被葬者の地位を示す役割を果たしました。

一方、塚は時代や身分を問わず築かれ、必ずしも遺体の埋葬を伴いません。権力によって築かれた古墳に対し、塚は人々の生活や感情に寄り添う形で生まれた存在だといえます。

観点 古墳
主な目的 供養・記念・鎮魂 支配者の埋葬
築造主体 民間・共同体 権力者
時代 先史〜近世 古墳時代中心
性格 多義的・柔軟 制度的・象徴的

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墓と塚の違い

墓は、遺体や遺骨を安置することを主目的とする場所です。これに対して塚は、必ずしも遺体を伴わず、象徴的に何かを埋める、あるいは「ここにある」と示すこと自体に意味があります。

戦死者の遺骨が回収できない場合に築かれた供養塚や、災害の犠牲者を悼む塚などは、塚が「物理的な埋葬」よりも「記憶の固定」を重視していることをよく示しています。

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○○塚と呼ばれる塚の種類と意味

日本各地に残る○○塚は、塚の多様な役割を具体的に示しています。縄文時代の貝塚は生活と自然の関係を示す遺跡であり、単なる廃棄場ではありません。中世から近世にかけて築かれた首塚や耳塚は、戦乱という非日常の死を鎮め、社会秩序を回復するための供養施設でした。

京都の耳塚は、16世紀末の朝鮮出兵という歴史的背景を持ち、戦争の記憶を現代に伝えています。また、人形塚や針塚、動物供養塚などは、命の有無を問わず、役目を終えた存在に感謝と鎮魂を捧げる日本的価値観を体現しています。

塚の種類と時代・意味

「○○塚」と呼ばれる塚の代表的な種類と意味を、時代背景・目的が分かるように整理してみます。

塚の名称 主な時代・成立背景 何を埋めた・祀ったか 意味・目的
貝塚 縄文時代 貝殻、動物骨、生活廃棄物 生活の痕跡を残す場であり、自然との循環や集落の記憶を重ねた場所。近年は祭祀的性格も指摘される
古墳(墳丘) 古墳時代 支配者の遺体・副葬品 権力者の埋葬と権威の可視化。塚の中でも制度化された特殊な例
首塚 中世〜近世(戦乱期) 戦死者の首 戦死者の鎮魂と怨霊化の防止。敵味方を問わず供養する意味を持つ場合もある
耳塚 安土桃山時代 戦功の証として集められた耳や鼻 戦争犠牲者の供養と記憶の固定。京都の耳塚は朝鮮出兵という歴史背景を持つ
胴塚 中世 遺体の胴体 首と胴を別に葬る中世の埋葬観に基づく供養塚
無縁塚 中世以降 身元不明者・無縁仏 祀る者のいない死者を鎮め、地域の安寧を保つための供養
供養塚 中世〜近代 遺骨がない死者、戦没者 埋葬よりも追悼・記念を目的とした塚
人形塚 近世〜現代 人形・玩具 役目を終えた物への感謝と鎮魂。物にも霊性を認める日本的感覚を反映
針塚 近世 折れた針 道具供養の一例。金属にも命の働きを見出す民間信仰
動物供養塚 中世〜現代 馬・牛・ペットなど 人と関わった動物への感謝と鎮魂
怨霊塚・御霊塚 平安時代以降 政争や事故で非業の死を遂げた人物 怨霊を鎮め、災厄を防ぐための塚
境塚・道祖神塚 古代〜中世 石・象徴物 村境・道の分岐点で結界として機能し、外からの災いを防ぐ
一里塚 江戸時代(徳川幕府) 土を盛り、木を植えた塚 距離標識として街道に設置され、旅の目安・権力統治・交通管理を目的とした塚

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民間信仰と塚

塚はしばしば村の境界や道の分岐点に築かれました。これは塚が、災厄や霊的存在の侵入を防ぐ結界として意識されていたためです。無縁仏や事故死者を塚として祀る行為も、恐れと敬意が表裏一体となった日本の死生観を反映しています。

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現代における塚の意味

現代では、塚は史跡や文化財として扱われることが多くなりましたが、その本質は変わっていません。塚は、人が出来事や存在を忘れず、社会の中に位置づけるための「記憶の装置」です。

墓や古墳が制度や形式に基づくのに対し、塚はより柔軟で、生活に近い場所で築かれてきました。塚を理解することは、日本人がどのように死や出来事と向き合い、意味づけてきたのかを知ることにつながります。

 

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