「ニニギノミコト」の正体とは?弥生時代、神から人になった

弥生時代における日本神話の重要な人物、ニニギノミコトは、天照大御神の孫として天孫降臨を遂げ、地上世界に降り立ちました。彼の到来は農耕文化の発展と密接に結びついており、その後の日本社会の基盤を築いたとされています。ニニギノミコトは、地上に降り立った後、国を治めるためにコノハナノサクヤビメとの結婚などの重要な役割を担いましたが、彼の人生にはさまざまな試練が待ち受けていました。この記事では、ニニギノミコトの物語と彼の運命について詳しく探ります。

ニニギノミコトとはどんな神様

ニニギノミコトは、日本神話における重要な神であり、天照大御神の孫にあたります。彼は、天照大御神からの命令を受けて地上に降り立ち、天孫降臨の象徴として知られています。ニニギノミコトは、地上世界の統治を任され、人々の幸福と国の平安を祈る役割を担いました。彼の地上降臨は、農耕文化の発展と密接に結びついており、日本の農耕社会の基礎を築いたとされています。また、彼はコノハナノサクヤビメとの結婚により、神話上の重要な血統を形成しました。ニニギノミコトの物語は、天皇の祖先としての神聖な役割と、その後の運命を象徴しています。

天孫降臨とニニギノミコトの役割

ニニギノミコトは、天照大神の孫であり、天照大御神の命令を受けて、三種の神器を持ち地上に降り立ちました。これは「天孫降臨」として知られ、日本神話において非常に重要な出来事です。この出来事を機に、農耕文化が地上世界に根付き始めたとされています。ニニギノミコトは、地上世界を統治し、人々の幸せを祈る役割を担っていました。

ニニギノミコトの地上での最初の行動

ニニギノミコトが地上に降り立った際、最初に行った行動は国を治めることではなく、美しい女性に出会い、結婚を申し込むことでした。彼はコノハナノサクヤビメという美しい女性に出会い、彼女の父である大山祇神のもとへ結婚の許可を求めました。

コノハナノサクヤビメとイワナガヒメ

ニニギノミコトはコノハナノサクヤビメと結婚することを決意し、彼女の父である大山祇神に許可を求めました。大山祇神は喜んで娘を送り出しましたが、コノハナノサクヤビメの姉であるイワナガヒメも一緒に送り出されました。

大山祇神(イワナガヒメとコノハナノサクヤビメの父)は、二人の娘を送り出す際に、次のような祈りを込めました。

コノハナノサクヤビメが側にいれば、子孫は花のように栄えるでしょう。

イワナガヒメが側にいれば、子孫は岩のように永遠の命を持つでしょう。

しかし、ニニギノミコトがイワナガヒメを拒絶したため、大山祇神の祈りは呪いに転じました。これにより、ニニギノミコトとその子孫は花のように栄える一方で、岩のような永遠の命を失い、限りある命を持つ存在となってしまったのです。

しかし、ニニギノミコトはイワナガヒメを受け入れることを拒否し、彼女を送り返してしまいました。

イワナガヒメの呪いとニニギノミコトの運命

イワナガヒメを送り返したことで、ニニギノミコトは大山祇神の呪いを受けてしまいました。この呪いにより、ニニギノミコトは永遠の命を失い、限られた命を持つ存在となってしまいました。これにより、ニニギノミコトは人間としての運命を背負うこととなりました。

大山祇神(イワナガヒメとコノハナノサクヤビメの父)とイワナガヒメがかけた呪いとは

イワナガヒメの呪いとは、ニニギノミコトがイワナガヒメを拒絶したことにより、彼とその子孫が永遠の命を失うことになった呪いです。具体的には、ニニギノミコトはコノハナノサクヤビメとイワナガヒメの両方と結婚する予定でしたが、美しいコノハナノサクヤビメだけを選び、醜いとされるイワナガヒメを送り返してしまいました。

イワナガヒメが側にいれば、子孫は岩のように永遠の命を持つという祈りを込めて送り出したところ、ニニギノミコトはイワナガビメをそばに置けないとして送り返したことにより、祈りが呪いと化して限りある命となってしまったのです。

ニニギノミコトがコノハナノサクヤビメの妊娠を疑った

ニニギノミコトはコノハナノサクヤビメと結ばれ、コノハナノサクヤビメは妊娠をしましたが、ニニギノミコトがコノハナノサクヤビメは自分の子どもを妊娠したのかを疑いました。

ニニギノミコトがコノハナノサクヤビメの妊娠を疑った背景には、いくつかの理由があります。まず、彼らは出会ってすぐに結婚し、一夜を過ごした後にコノハナノサクヤビメが妊娠を告げたため、そのタイミングの速さにニニギノミコトは驚きを隠せませんでした。

さらに、ニニギノミコトは天孫降臨という重要な使命を帯びて地上に降り立った神であり、地上の神々(国津神)とは異なる存在でした。地上の神々との間に何か問題が起こることを警戒していたニニギノミコトにとって、コノハナノサクヤビメが他の神との間に子どもを宿したのではないかという疑念は、当然のことだったのです。

コノハナノサクヤビメの試練、火の中での出産

ニニギノミコトはコノハナノサクヤビメとの間に子供をもうけましたが、その子供が自分の子供であることを疑いました。コノハナノサクヤビメは、ニニギノミコトの疑いを晴らすために、自らの身を賭けた試練を行いました。

もし自分の子供が国津神の子であれば、無事に出産することはない。

もし自分の子供が天つ神(ニニギノミコト)の子であれば、無事に出産できる。

この宣言の後、コノハナノサクヤビメは出口のない八尋殿を建て、その中に入り、内側から土で塞いで火を放ちました。燃え盛る火の中で出産を行い、無事に三人の子供(ホデリ、ホスセリ、ホオリ)を産みました。この試練によって、コノハナノサクヤビメの子供たちがニニギノミコトの子であることが証明されたのです。

コノハナノサクヤビメの試練は、彼女の強い意志と信念を示すものであり、またニニギノミコトに対する忠誠心と愛情の証明でもありました。

ニニギノミコトは神から人へ、そしてその子孫の神武天皇へ

ニニギノミコトは神としての永遠の命を失い、人間としての限られた命を持つ存在となりました。

コノハナノサクヤビメが無事に三人の子供(ホデリ、ホスセリ、ホオリ)を産みましたが、神武天皇はホオリ(山幸彦)の子孫にあたります。具体的には、ホオリの子であるウガヤフキアエズノミコトが神武天皇の父親です。したがって、神武天皇はホオリの孫にあたることになります。

ニニギノミコトの子孫である神武天皇もまた、人間としての命を持つこととなり、これが日本の天皇の運命を決定づけました。天皇は神聖な存在として崇められますが、人間としての寿命を持ち、国を祀る存在としての役割を果たすこととなりました。