第2代 綏靖天皇(すいぜいてんのう) 橿原の桃花鳥田丘上陵

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第2代・綏靖天皇(すいぜい)を、記紀の系譜と神武天皇との関係からたどります。神話時代に位置づけられる事績の読み方を整理し、中世説話『神道集』に見える「人食い」譚を史実と区別して解説します。あわせて、宮内庁治定の橿原・桃花鳥田丘上陵の概要と参拝の作法を紹介し、伝承・説話・陵墓治定の三つの視点から綏靖像を立体的に理解していただける内容にしました。

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綏靖天皇の系譜をめぐって――記紀が伝える血脈

『古事記』『日本書紀』は、綏靖天皇を神武天皇の皇子「神渟名川耳尊(かむぬなかわみみのみこと)」と伝えます。母は皇后・媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)で、のちの第3代・安寧天皇は綏靖の皇子とされます。系譜は政治的正統性の根拠として後代に整序された可能性が高く、学術的には「伝承上の系図」であることを踏まえる必要があります。

項目 記紀にみえる伝承
神武天皇(初代)
媛蹈鞴五十鈴媛命
本名 神渟名川耳尊
皇后・妃 伝承は複数説で確定しません
皇子 師木津日子玉手見命(のちの安寧天皇)ほか伝承諸名
在位 伝統記年では紀元前期(縄文時代)とされますが史実比定は困難です

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初代 神武天皇と綏靖天皇の関係

神武天皇が東征ののち橿原に都した「創業の君」とされるのに対し、綏靖天皇はその血統と秩序を継いだ「継承の君」と位置づけられます。

日本書紀』は、綏靖が兄弟間の政変を収束させて王権を安定化させたと叙述し、創業直後の王統に連続性を与えます。ここには、王権が偶然ではなく正統の系譜によって継承されたという物語的意図が読み取れます。

比較軸 神武天皇 綏靖天皇
典型的役割 建国・創業 継承・安定
舞台 東征から橿原宮 大和内での政の継続
物語上の機能 王権のはじまり 王統の連続性の強調

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綏靖天皇は何時代に何をしたか――「神話時代」の王権描写

記紀が想定する綏靖の時代は、考古学的確証が得にくい「神話時代」に属します。伝承では、兄弟間の権力争いを収めて内訌を鎮め、王権の基盤を整えたと語られます。宮居の所在地や具体的施策は書によって異同があり、実証史学の観点からは事績を年代付きで特定することはできません。ただし、王統の連続と内政の安定という象徴的機能が綏靖に託されている点は一貫しています。

観点 記紀の叙述 研究上の見解
時代像 神武の直後、大和の王権整備 先史から古墳前夜の伝承層
主要事績 内訌の収束、王統の継承 物語的モチーフとしての機能が中心
宮居 伝本により名称・位置に異同 実証的特定は困難

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『神道集』にみえる綏靖天皇の「人食い」の話――中世説話の読み方

中世の説話集『神道集』には、綏靖天皇に「人を喰らう」性癖があったとする異様な話が収められています。これは神仏習合の世界観のもと、王権の過失や暴虐を誇張し、因果応報や徳治の教訓を説くための譬え話として編まれたものです。史料性は説話にとどまり、史実としての裏づけはありません。むしろ、この種の物語が中世社会における王権観や倫理観を映す鏡である点にこそ価値があり、近世以前の大衆宗教文化の一側面として理解されます。

史料 概要 史料評価
『神道集』 綏靖に人食いの悪癖があったとする説話 教訓・因果譚の一種。歴史事実の証拠とはされません
背景 神仏習合・本地垂迹の文脈 王権と徳の関係を寓意的に語る文学

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橿原の桃花鳥田丘上陵(とうかとりたのおかのえ の みささぎ)――陵墓治定と現在の景観

綏靖天皇の陵として宮内庁が治定するのが、奈良県橿原市に所在する「桃花鳥田丘上陵(とうかとりたのおかのえのみささぎ)」です。初期天皇の陵墓は考古学的比定が難しく、近代以降の治定に基づき整備・管理されています。現地は玉垣や濠を備え、周囲は史跡環境として保全されており、参拝は外周からの遥拝となります。名称に含まれる「桃花」「鳥田」「丘上」は地名伝承に由来するとされ、神武以来の橿原周辺に王権の記憶が重ねられてきたことを示唆します。

項目 内容
所在 奈良県橿原市(宮内庁治定陵)
名称 桃花鳥田丘上陵(読み:とうかとりたのおかのえのみささぎ)
管理 宮内庁による保護・維持
参拝 玉垣外からの遥拝(内部立入は不可)
学術的性格 伝承陵の性格が強く、実証的比定は未確定

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まとめ――伝承と史実の境界線を意識して読む

綏靖天皇は、記紀における王統連続の要として描かれ、内訌収束と継承の象徴を担います。『神道集』の人食い譚は中世説話の教訓的表現であり、歴史的事実とは区別して読む姿勢が大切です。橿原の桃花鳥田丘上陵は、近代の陵墓治定の枠組みのなかで祖先祭祀の場として整備され、王権伝承の地層を現在に伝えています。伝承・説話・考古の三つの視点を往還しながら、「第2代」の像を立体的に理解していただければと思います。

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