
御倉板拳之神(みくらたなのかみ)は、日本神話の中でもあまり表に出ることのない神名です。しかし、この神は『古事記』において、伊邪那岐命の首飾りから生まれ、天照大御神に深く関わる重要な場面に登場します。また、その神名に含まれる「タナ(棚)」という語は、神棚の由来とも関連づけて語られることがあります。本記事では、御倉板拳之神とはどのような神なのかを、日本神話・歴史・日本文化の観点から丁寧に解説します。
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御倉板拳之神とはどんな神様か
御倉板拳之神は、『古事記』上巻に登場する神です。神話の中で独立した物語を持つ神ではありませんが、天照大御神が高天原を治めることを命じられる場面で誕生するという、象徴性の高い位置に置かれています。
この神は、伊邪那岐命が身につけていた御頸珠、つまり首飾りの玉を扱う中で生まれた神とされており、神の権威や秩序を支える役割を暗示する存在と理解されています。
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『古事記』に記された誕生の場面
『古事記』では、伊邪那岐命が「三柱の貴き子」、すなわち天照大御神・月読命・須佐之男命を得たことを大いに喜び、その喜びの中で首に掛けていた御頸珠を天照大御神に授け、高天原を治めることを委ねます。
この場面で登場するのが御倉板拳之神です。神名は「御倉板拳之神(板拳をタナと読む)」と注記されており、古代における「棚」や「倉」といった語が、神聖な物を置く場所を意味していたことが示唆されています。
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神名に込められた意味
御倉板拳之神という神名は、複数の要素から成り立っています。一般的には、「御倉」は神聖な倉や宝を納める場所、「板拳(たな)」は物を載せる台や棚を指す語と解釈されます。
このことから、御倉板拳之神は、神宝や神の力を安置し、支える働きを象徴する神と考えられてきました。ただし、これは後世の語義解釈や信仰史に基づく理解であり、『古事記』本文が直接その役割を明示しているわけではありません。あくまで文脈と語感から導かれた、文化的解釈である点が重要です。
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首飾りの神という位置づけ
御倉板拳之神が首飾りと関係づけられるのは、御頸珠という神宝が誕生の契機となっているためです。首飾りは単なる装身具ではなく、神の霊威や権威を象徴する重要な神宝でした。
その神宝に関わる神として生まれた御倉板拳之神は、目に見える力を振るう神というよりも、神の秩序や統治を「支える側」の存在として理解されることが多くなっています。
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神棚との関係について
御倉板拳之神は、神棚の由来を語る際にしばしば言及されます。神棚という言葉に含まれる「棚」が、神聖なものを安置する場所を意味していたことから、この神が神棚信仰の源流と関連づけられるようになりました。
ただし、現代の神棚が直接この神を祀るために成立したと断定できる史料はありません。御倉板拳之神は、神聖なものを敬い、適切な場所に安置するという日本文化の精神的基盤を象徴する存在として、後世に読み継がれてきた神と考えるのが、学術的に穏当な理解といえるでしょう。
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御倉板拳之神が示す日本文化の特徴
御倉板拳之神は、前面に立つ主神ではなく、神を支える装置や空間を象徴する神です。この点は、日本文化が力そのものよりも、その力を正しく置き、整えることを重視してきた姿勢をよく表しています。
神棚や神宝の安置、場を清めるという行為は、すべてこの価値観の延長線上にあります。御倉板拳之神は、日本神話の中で、そうした「支える神」「場を整える神」の原型を示す存在といえるでしょう。





