古事記の「国生み神話」をわかりやすく解説!淡路島からの順番

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日本の成り立ちを語る上で欠かせない「国生み神話」は、古事記の冒頭に記された神々の物語です。伊邪那岐神(いざなぎ)と伊邪那美神(いざなみ)の二柱の神が、混沌とした海をかき混ぜて最初の島を生み出し、そこから日本列島の島々が次々と誕生していく。淡路島に始まるこの神話は、日本という国がどのように形づくられたかを語る、神話の中でも特に重要な物語です。
この記事では、国生み神話の流れをわかりやすく解説しながら、最初に生まれた島やその順番、そして古事記と日本書紀で順番が異なる理由、関連する神社まで、深く掘り下げていきます。
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古事記の「国生み神話」とは
古事記に記された「国生み神話」は、日本列島の起源を語る神話です。天地が初めて分かれた後、造化三神(ぞうかさんしん)をはじめとする神々が次々と現れ、その最後に登場するのが伊邪那岐神と伊邪那美神です。
この二柱の神は、混沌として漂うばかりの大地を完成させるよう、天の神々から命じられました。そして原初の海に矛を差し込み、かき混ぜることで最初の島を創造します。この物語は、日本の多くの島々がどのようにして生まれたかを説明する建国の神話として、後世に大きな影響を与えてきました。
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「国生み」はどの神様が行ったのか
「国生み」を行ったのは、伊邪那岐神(いざなぎ)と伊邪那美神(いざなみ)です。二神は、高天原(たかまがはら)の神々から「この漂っている国土を整え固めて完成させよ」という命を受け、天の沼矛(あめのぬぼこ)という神聖な矛を授けられました。

二神は天と地をつなぐ「天浮橋(あめのうきはし)」に立ち、天の沼矛を下界の海に差し込み、「こをろこをろ」と音を立てて海水をかき混ぜました。そして矛を引き上げると、その先から滴り落ちた潮が積もり固まって、ひとつの島ができました。これが最初の島「オノゴロ島」です。


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最初にできた島「オノゴロ島」とは
国生み神話を語る上で欠かせないのが、この「オノゴロ島(淤能碁呂島)」です。オノゴロ島は「自(おの)ずから凝り固まってできた島」という意味を持ち、二神が矛でかき混ぜた潮が固まってできた、日本神話で最初に生まれた島とされています。
二神はこのオノゴロ島に天から降り立ち、「天の御柱(あめのみはしら)」と「八尋殿(やひろどの)」という広大な御殿を建てました。そして天の御柱の周りを、伊邪那岐神は左回りに、伊邪那美神は右回りに巡り、出会ったところでお互いを褒め合って夫婦の契りを結びます。
このとき、最初は伊邪那美神(女神)の方から先に声をかけたため、生まれた子は水蛭子(ひるこ)という不完全な子であり、葦の舟に乗せて流されてしまいました。二神が天の神々に相談したところ、「女から先に声をかけたのがよくなかった」と告げられ、改めて伊邪那岐神(男神)から先に声をかけ直したことで、ようやく正しく島々を生むことができたと伝えられています。
このオノゴロ島は神話上の島ですが、古くから淡路島周辺の島に重ねて考えられてきました。淡路島の南に浮かぶ沼島(ぬしま)や、淡路島北端の絵島(えしま)などが候補地とされており、特に沼島には「天の御柱」になぞらえられる上立神岩(かみたてがみいわ)という高さ約30メートルの巨岩がそびえ立っています。
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最初に生まれた島は淡路島
オノゴロ島で夫婦となった二神が、正式な国生みによって最初に生んだ島が淡路島(淡道之穂之狭別島/あわじのほのさわけのしま)です。
淡路島は「国生み」の最初の島として、古事記において特別な位置づけを与えられています。先に流された水蛭子は数に含まれないため、本格的な国生みの第一号がこの淡路島ということになります。古事記と日本書紀で島の生まれる順番には違いがありますが、淡路島が最初に生まれた島であるという点は、おおむね共通しています。
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国生みでできた島の順番
国生み神話で島(国)ができた順番は、実は古事記と日本書紀で違っています。これは両書の編纂目的や立場の違いが背景にあると考えられます。
古事記の場合(和銅5年・712年編纂)
古事記では、最初に淡路島が生まれ、続いて四国(伊予之二名島)、隠岐(隠伎之三子島)、九州(筑紫島)、壱岐(伊伎島)、対馬(津島)、佐渡(佐渡島)、そして最後に本州(大倭豊秋津島/おおやまととよあきづしま)が生まれます。この八つの島をあわせて「大八島国(おおやしまぐに)」と呼びます。
注目すべきは、日本の中心である本州が最後に登場する点です。四国や九州には、それぞれ複数の顔があり、それぞれに神の名がつけられているという独特の描写もあります。

日本書紀の場合(養老4年・720年編纂)
一方、日本書紀の本文では、最初に生まれるのが大日本豊秋津洲(おおやまととよあきづしま)、つまり本州です。続いて淡路洲、四国(伊予二名洲)、九州(筑紫洲)などが生まれていきます。
つまり日本書紀では、大和朝廷の本拠地である本州が最初に生まれたとされているのです。なお日本書紀には複数の異伝(一書)が併記されており、淡路島を最初とする伝承も記されています。

なぜ順番が違うのか。その背景と意味
この違いには、編纂の目的や思想、政治的な立場が関係していると考えられています。
編纂目的の違い
古事記は、語り部の伝承をもとに物語性や神話性を重視して編まれ、ある種の自由度を持っています。天皇の正統性の根拠を示しながらも、民間伝承や古い層の神話を多く残しています。
一方の日本書紀は、国家の正史として中国風の書式で編纂され、対外的な正統性と体系性を重視しています。唐をはじめとする国際社会への配慮や、中央集権体制を正当化する意図が明確に見て取れます。そのため、日本書紀では大和政権のある本州を最初に創造された中心の国とする記述が採用された可能性が高いと考えられます。
政治的正統性の表現
日本書紀は、大和朝廷(天皇家)による日本統治の正統性を神話的に根拠づけるために、本州を最初に創ったとしたと考えられています。本州が最初であるという記述は、天皇の国土支配が世界の始まりと同時に定められていたという象徴的な意味を持ちます。
一方の古事記では、必ずしも本州を最初にせず、島々の生成を順に描き、神々の活動とともに自然に国土が生まれていく過程を物語的に表現しているため、構成が異なっているのです。
信仰・地理観の違い
古代において、島々をめぐる神聖性の観念もあったため、淡路島などを先に据えることで霊的な中心として描いた可能性も指摘されています。とくに淡路島は、後に伊邪那岐神が余生を過ごし、その終焉の地となったとも伝えられる神格の高い島であったため、古事記では最初に登場したとも考えられます。
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大八島の後に生まれた島々
古事記では、大八島国を生み終えた二神が、さらに六つの小さな島を生んだと記しています。吉備児島(きびのこじま)、小豆島(あづきじま)、大島(おおしま)、女島(ひめじま)、知訶島(ちかのしま)、両児島(ふたごのしま)の六島です。
これらの島の多くは現在のどこにあたるか特定が難しいとされていますが、吉備児島は現在の岡山県の児島半島(江戸時代までは島だった)、小豆島は瀬戸内海の小豆島、知訶島は九州西部の五島列島に比定する説があります。こうして本州・四国・九州を中心とする日本列島の骨格が、神話の中で生み出されていきました。
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国生みの後に続く「神生み」
国生みを終えた伊邪那岐神と伊邪那美神は、続いて多くの神々を生んでいきます。これを「神生み(かみうみ)」といいます。石の神、土の神、海の神、風の神、山の神、穀物の神など、自然界を司る神々が次々と誕生しました。
しかし、最後に火の神である迦具土神(かぐつち)を生んだとき、伊邪那美神は火傷を負って命を落としてしまいます。愛する妻を失った伊邪那岐神は、黄泉の国(よみのくに)まで会いに行きますが、変わり果てた伊邪那美神の姿を見て逃げ帰ることになります。この黄泉の国からの脱出と、その後の禊(みそぎ)によって、天照大御神や須佐之男命といった重要な神々が生まれていきます。国生み神話は、こうした日本神話全体の壮大な物語の出発点となっているのです。
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国生み神話に関連する神社
国生み神話に関連する神社は日本各地に存在しますが、特に最初の島とされる淡路島には重要な神社が集まっています。神話の始まりの地として、二神を祀る神社が多く鎮座しています。
- 伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう): 淡路島にある、伊邪那岐神を主祭神として祀る神社です。国生みを終えた伊邪那岐神が余生を過ごした幽宮(かくりのみや)の跡と伝えられ、日本最古の神社の一つともいわれています。
- おのころ島神社: 淡路島南部にある、伊邪那岐神と伊邪那美神を祀る神社で、オノゴロ島の伝承地の一つとされています。高さ約21メートルの大鳥居でも知られています。
- 自凝島(おのころじま)の沼島・上立神岩: 沼島は古くからオノゴロ島の有力な比定地とされ、天の御柱になぞらえられる上立神岩が神話の舞台を今に伝えています。
これらの神社や聖地は、国生み神話を今に伝える重要な場所として、多くの参拝者で賑わっています。日本の神話や歴史に興味がある人にとって、訪れる価値のある聖地です。
まとめ
古事記の国生み神話は、伊邪那岐神と伊邪那美神の二柱の神が、天の沼矛で海をかき混ぜてオノゴロ島を生み、そこを舞台に淡路島から始まる日本列島の島々を生み出していく物語です。淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州という八つの島は「大八島国」と呼ばれ、日本の国土の原型となりました。
古事記と日本書紀では島の生まれる順番が異なり、その違いには両書の編纂目的や政治的な立場が反映されています。古事記が物語的に島々の誕生を描いたのに対し、日本書紀は本州を最初に置くことで大和朝廷の正統性を強調しました。同じ神話でありながら語り方が異なるという点に、古代日本の人々が神話に込めた意図を読み取ることができます。
国生み神話は、その後の神生み、黄泉の国の物語、そして天照大御神の誕生へと続いていく、日本神話の壮大な出発点です。淡路島を訪れて神話の舞台に立てば、千数百年の時を超えて受け継がれてきた日本の始まりの物語を、より身近に感じることができるはずです。


