富士山本宮浅間大社とは?山頂が境内地である理由|木花之佐久夜毘売命と浅間造の本殿

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富士山の山頂は、誰が持ち主であるか知っていますか?
国のもの、あるいは静岡県か山梨県のもの。そう思われるかもしれません。しかし違います。8合目より上は、ひとつの神社の境内地です。
その神社とは…、富士山本宮浅間大社です。1974年の最高裁判決によって所有が認められ、2004年には国から正式に土地が譲り渡されました。面積はおよそ385万平方メートルにおよびます。
この記事では、浅間大社の御祭神と由緒、山頂が境内地になった経緯、ほかに例のない浅間造という建築、そして富士山信仰の中心としての役割を見ていきます。
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富士山本宮浅間大社の御祭神は木花之佐久夜毘売命です
静岡県富士宮市に鎮座します。全国に1300余社ある浅間神社の総本宮であり、駿河国の一宮です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主祭神 | 木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやびめのみこと) |
| 相殿の神 | 瓊瓊杵尊(夫)、大山祇神(父) |
| 別称 | 浅間大神(あさまのおおかみ) |
| 御神体 | 富士山 |
| 総本宮としての範囲 | 全国1300余社の浅間神社 |
| 社格 | 駿河国一宮 |

相殿には、夫の瓊瓊杵尊と、父の大山祇神が祀られています。親子と夫婦で三柱という構成です。

なぜこの女神が、富士山の神なのでしょうか
ここには理由があります。火を鎮める神だからです。
『古事記』の伝えるところでは、木花之佐久夜毘売命は身の潔白を示すため、産屋に火を放ってそのなかで子を産みました。燃える火のなかで無事に出産したことから、火を制する力を持つ神とされます。
富士山は、たびたび噴火する山でした。その火を鎮めていただく神として、この女神が選ばれたと考えられています。
もうひとつ、名にも意味があります。木花とは花の咲くさまを表します。とくに桜を指すとされ、咲いてすぐ散る花の姿が、この神の性格に重ねられました。
なお、この女神には姉がいます。磐長姫です。岩のように永く変わらない姉と、花のように美しく短い妹。神話では、瓊瓊杵尊が妹だけを選んだため、人の命が短くなったと語られます。
火を鎮め、花のように咲く神が、噴火する山に祀られている。取り合わせとしてよくできていると筆者は思います。恐ろしい山を、美しい女神に預けたのです。
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富士山の8合目より上が、富士山本宮浅間大社境内地です

富士山本宮浅間大社を語るとき、もっとも驚かれるのがこの点です。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1604年 | 徳川家康が8合目以上の土地を寄進したことを示す古文書が残されています |
| 江戸時代 | 争論を経て、幕府が8合目以上を浅間神社の領地と認めます |
| 明治以降 | 国有地として扱われ、社との間で帰属が問題となります |
| 1974年 | 最高裁の判決により、山頂が浅間大社の所有と認められます |
| 2004年 | 国から約385万平方メートルが無償で譲り渡されます |

つまり日本一の山の頂上は、法的には神社の土地なのです。登山者が最後に立つ場所は、奥宮の境内ということになります。
そして、この事情がもうひとつのことを生んでいます。8合目より上には県境が引かれていないのです。静岡県と山梨県の境界が、そこで途切れています。山頂が何県かという問いに、はっきりした答えがない理由がここにあります。
山そのものが御神体であるということ
この所有の話は、単なる法律上の問題ではありません。信仰の形がそのまま制度に現れたものです。
浅間大社の御神体は、社殿の中に納められた鏡や剣ではありません。富士山そのものです。山を拝む社であり、社殿はそのための施設にすぎません。

御神体が山であるなら、その山が境内であるのは筋が通っています。神社の建物の内側だけが神域ではないのです。
同じ形は、奈良の大神神社や春日大社にも見られます。ただ、御神体が日本最高峰であり、しかもその所有が裁判で確認されたという例は、ほかにありません。
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浅間造という、二階建ての本殿
建築の面でも、この社は特異です。本殿が二層構造になっています。
浅間造と呼ばれ、日本国内にほかに例がない形式とされます。1606年、慶長11年に徳川家康の庇護のもとで造営されたものです。
| 部分 | 構造 |
|---|---|
| 初層 | 桁行5間、梁間4間の寄棟造 |
| 二層目 | 三間社流造 |
| 色 | 丹塗り |
| 造営 | 1606年、徳川家康による |
| 指定 | 国の重要文化財 |
つまり、寄棟造の建物の上に、流造の社殿が載っている形です。二階に神がおられることになります。
なぜこの形なのか。筆者は、高さを表そうとしたのだと考えています。御神体が日本一高い山であるなら、その神をお祀りする社殿も高くありたい。素朴ですが、そういう発想があったのではないでしょうか。
伊勢の神明造や出雲の大社造が、平屋の簡素な形を守ってきたのに対し、浅間造は真上へ伸びました。神社建築のなかでも、かなり異質な選択です。
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由緒と、富士山信仰のなかでの位置
坂上田村麻呂が社殿を造ったと伝えられます
浅間大社は、東海地方でも最古の社のひとつとされます。
伝えによれば、806年、大同元年に坂上田村麻呂が現在の地に社殿を造営したといいます。蝦夷征討で知られる人物です。

それ以前から、富士山を遠くから拝む祭祀が行われていたと考えられています。噴火を鎮めるための祀りが、社殿の造営より先にあったわけです。
記紀に富士山が出てこないという問題
ここで、ひとつの謎に触れておきます。
日本を代表する山でありながら、富士山は『古事記』にも『日本書紀』にも登場しません。これほど目立つ山が、国の歴史書から抜け落ちているのです。

理由については諸説あります。当時の朝廷の勢力圏から外れていたという説、活火山として恐れられ、あえて書かれなかったという説などです。
この空白が、後世にさまざまな物語を呼び込みました。富士山麓に古代王朝があったとする文献が現れたのも、そのひとつです。
記紀が書かなかった山を、浅間大社は祀り続けてきました。中央の記録にない信仰が地方で続いていたという構図は、日本の宗教史を考えるうえで示唆に富みます。
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参拝の見どころ
| 見どころ | 内容 |
|---|---|
| 本殿 | 二層構造の浅間造。国の重要文化財です |
| 湧玉池 | 富士山の雪解け水が湧く池。国の特別天然記念物です |
| 桜の馬場 | 境内の桜並木。木花の名にちなんで多く植えられています |
| 奥宮 | 富士山頂に鎮座します。開山期のみ参拝できます |
| 山宮浅間神社 | 社殿を持たず、富士山を直接拝む形を残す旧鎮座地です |
| 世界遺産 | 2013年、富士山の構成資産として登録されました |
ぜひ訪ねていただきたいのが、山宮浅間神社です。浅間大社の旧鎮座地とされ、本殿を持ちません。石を並べた遥拝所から、富士山を直接拝む形が残されています。
社殿を建てる前の信仰の姿が、そのまま残っている場所です。浅間大社の立派な二層の本殿と見比べると、信仰がどう形を変えてきたかが目に見えます。
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筆者の考察 恐ろしい山を、どう祀るか
富士山は、美しい山として親しまれています。しかし信仰の始まりは、そこではありません。
富士山は噴火します。麓の人々にとって、それは生活を奪う災害でした。浅間大社が火を鎮める女神を祀るのは、その現実に対する応答です。
ここで、日本の信仰の型が現れます。恐ろしいものを退けようとはしないのです。祀って、鎮まっていただく。菅原道真の御霊が学問の神になったのと同じ道筋です。
そして選ばれた神は、花の名を持つ女神でした。火を怖れる相手として恐ろしい神を立てるのではなく、火を鎮める美しい神を立てた。この選択に、筆者は日本の祈り方の特徴を感じます。
山を征服しようとも、封じ込めようともしていません。高いところを神の場所として明け渡し、人は麓から拝む。8合目より上が境内地であるという現在の姿は、その関係をそのまま制度にしたものだといえます。
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浅間大社についてよくある質問
浅間大社のご利益は何ですか
木花之佐久夜毘売命が火中で出産した神であることから、安産や子育ての信仰があります。また火を鎮める神として、火難除けが挙げられます。美しい女神であることから、美容や縁結びを願う方もおられます。
富士山頂の奥宮はいつ参拝できますか
富士山の開山期間に限られます。おおむね7月から9月のあいだで、年によって変わります。登山を伴いますので、装備と体調を整えたうえで、当年の開山情報を確認してからお出かけください。
浅間神社と富士山本宮浅間大社は違うのですか
全国に1300余社ある浅間神社の総本宮が、富士山本宮浅間大社です。各地の浅間神社は、ここから神霊を分けて祀られた社にあたります。どの社でも同じ神をお祀りしていることになります。
山頂が神社のものなら、登山料を取られるのですか
登山そのものに対して社が料金を課すことはありません。登山道の整備や保全のための協力金が求められる場合がありますが、これは自治体などによるものです。
木花之佐久夜毘売命は、ほかの神社にも祀られていますか
各地の浅間神社に祀られています。また富士山信仰とは別の系統でも、安産や子安の神として祀られる例があります。桜や花に関わる社に祀られていることもあります。
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まとめ
富士山本宮浅間大社は、全国1300余社の浅間神社の総本宮であり、駿河国の一宮です。御祭神は木花之佐久夜毘売命。火中で出産した神であることから、噴火を鎮める神として富士山に祀られました。
御神体は富士山そのものです。そして富士山の8合目より上は、この社の境内地です。1974年の最高裁判決で所有が認められ、2004年に国から約385万平方メートルが譲り渡されました。8合目以上に県境がないのも、この事情によります。
本殿は二層構造の浅間造で、ほかに例のない形式です。噴火する山を、花の名を持つ女神に預けて鎮まっていただく。恐ろしいものを退けずに祀るという日本の祈り方が、この社によく表れています。






