敬老の日は何歳から祝う?決まりはありません|由来と老人の日との違い、神社の算賀祭まで

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敬老の日について、もっとも多く調べられている問いがあります。何歳からお祝いすればよいのか、というものです。結論から申し上げると決まりはありません。
祝日を定める法律にも、福祉の法律にも、何歳からという記載はありません。神道にも仏教にも、その定めはありません。つまりこれは、法や宗教ではなく、文化と風習に委ねられた領域なのです。
この記事では、なぜ年齢の決まりがないのかを確かめ、敬老の日がどこから始まったのか、老人の日とは何が違うのか、そして日本にもっと古くからあった長寿の祝いについて見ていきます。神社で行われている長寿のお祝いにも触れます。
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何歳から、という決まりはありません
国民の祝日に関する法律では、敬老の日の趣旨がこう定められています。多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。
この一文に、年齢は出てきません。老人という語も、何歳以上を指すのかは書かれていません。老人福祉法にも、老人そのものの年齢を定義する規定は置かれていないのです。
では、よく言われる65歳という数字は何なのでしょうか。制度の側の区切りを並べてみます。
| 区切り | 年齢 | 何のための区分か |
|---|---|---|
| 統計上の高齢者 | 65歳以上 | 人口統計や国際比較のための区分です |
| 前期高齢者 | 65歳から74歳 | 医療制度上の区分です |
| 後期高齢者 | 75歳以上 | 医療制度上の区分です |
| 年金の支給開始 | 原則65歳 | 年金制度上の基準です |
| 敬老の日のお祝い | 定めなし | 法にも宗教にも年齢の規定はありません |
いずれも、制度を運用するために引かれた線です。お祝いをする年齢の基準ではありません。65歳から祝わなければならない、という決まりはどこにも存在しないのです。
実際には、何をきっかけに祝われているか
決まりがないのであれば、各家庭でどう判断すればよいのでしょうか。実際によくあるきっかけを挙げます。
| きっかけ | 考え方 |
|---|---|
| 孫が生まれたとき | 祖父母になった年からお祝いする、という区切り方です |
| 孫が物を作れる年齢になったとき | 孫が手紙や作品を渡せるようになってから始める家庭もあります |
| 還暦などの節目の年 | 長寿の祝いと合わせて、この年から始めるという考え方です |
| 定年や退職の年 | 社会にお勤めを果たした区切りとして祝います |
| 本人が望んだとき | 祝われる側の気持ちを最優先にする考え方です |
ここで一点、実際的な注意を申し上げます。60代の方には、自分はまだ老人ではないと感じている方が少なくありません。健康で現役で働いておられるなら、なおさらです。敬老という言葉を前面に出すことで、かえって気まずくなってしまうことがあります。
その場合は、敬老の日だからという名目を使わなくてもよいと思います。孫と会う日、一緒に食事をする日として設ければ十分です。年齢を理由にしないほうが、ご本人も受け取りやすいでしょう。
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敬老の日は、兵庫県の小さな村から始まりました
意外に新しい行事です。始まりは戦後のことでした。
1947年、野間谷村の敬老会
1947年9月15日、兵庫県多可郡野間谷村、現在の多可町八千代区で、村が主催する敬老会が開かれました。これが敬老の日の起源とされています。
提唱したのは、当時の村長であった門脇政夫という人物です。老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう、という趣旨でした。
ここは注目に値すると筆者は考えています。慰労や労わりではなく、知恵を借りるという言い方をしている点です。敬うことと、助けることは違います。この村が始めたのは、前者でした。
なぜ9月15日だったのか
日取りの理由は、きわめて実際的です。9月中旬は農閑期にあたり、気候もよい。村の人々が集まりやすい時期だったからです。
稲刈りの前で、夏の作業が一段落するころ。お年寄りも含めて村じゅうが集まれる、年のうちでも数少ない時期でした。暦のうえで意味のある日を選んだのではなく、暮らしの都合に合わせて決められたわけです。
なお、9月15日については、聖徳太子が悲田院を建てた日にちなむという説や、元正天皇が養老の地へ行幸した日にちなむという説も語られます。ただ、これらは後から結びつけられた話と見るのが妥当でしょう。発祥の村が挙げた理由は、あくまで農閑期と気候です。
名称は三度変わっています
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1947年 | 兵庫県野間谷村で敬老会が開かれ、としよりの日と呼ばれます |
| 1950年ごろ | 兵庫県全体に広がり、やがて全国へ広まります |
| 1963年 | 老人福祉法が制定され、9月15日が老人の日とされます |
| 1966年 | 国民の祝日に関する法律が改正され、9月15日が敬老の日になります |
| 2001年 | 老人福祉法の改正で、9月15日が老人の日として残されます |
| 2003年 | 祝日としての敬老の日が、9月の第3月曜日に移ります |
としよりの日、老人の日、敬老の日。呼び名が変わった背景には、としよりという語が失礼にあたるのではないか、という議論があったと伝えられます。
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なぜ日付が毎年変わるのでしょうか
2003年から、敬老の日は9月の第3月曜日になりました。いわゆるハッピーマンデー制度によるものです。土日と合わせて三連休を作り、余暇を過ごしやすくするという趣旨で、成人の日、海の日、体育の日も同じように移されています。
そのため、毎年日付が動きます。早い年は9月15日、遅い年は9月21日です。秋分の日との並びによっては、大型の連休になる年もあります。
敬老の日と老人の日は、別の日です
ここが混乱しやすいところです。日付が移ったとき、9月15日がそのまま消えたわけではありません。
| 観点 | 敬老の日 | 老人の日 |
|---|---|---|
| 日付 | 9月の第3月曜日 | 9月15日で固定です |
| 根拠となる法 | 国民の祝日に関する法律 | 老人福祉法 |
| 祝日かどうか | 祝日です | 祝日ではありません |
| 趣旨 | 老人を敬愛し、長寿を祝います | 福祉への関心と理解を深め、老人自らの向上を図ります |
| 関連する期間 | 特にありません | 9月15日から21日までが老人週間です |
つまり、ひとつだった日が二つに分かれたことになります。家庭でお祝いをするのが敬老の日、行政や地域が福祉の取り組みを行うのが老人の日と老人週間、という役割分担だと考えるとわかりやすいと思います。
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日本には、もっと古い長寿の祝いがあります
敬老の日は戦後に生まれた行事ですが、長寿を祝う習わし自体は、はるかに古くからありました。算賀(さんが)といいます。
算賀は40歳から始まりました
神社本庁の説明によれば、古代中国の敬老思想が日本に伝わり、平安時代以降、貴族など上流階級を中心に広まったものとされています。
そして祝う年齢は、当初は40歳、50歳といった10年刻みでした。鎌倉時代以降に、現在のような60歳、70歳、77歳、80歳、88歳という節目で祝う形が一般化したといいます。
40歳から、という点に驚かれるかもしれません。しかし当時の平均的な寿命を思えば、40年生きて到達したことは、それだけで祝うに値する出来事でした。
ここに、算賀という行事の性格がよく表れていると筆者は考えています。これは、衰えを労わる行事ではありませんでした。ここまで生き延びたという到達を祝う行事だったのです。
節目の年と、ゆかりの色
現在よく知られている節目を挙げておきます。年齢は数え年で示されることが多いものです。
| 呼び名 | 読み | 年齢 | ゆかりの色 | 名の由来 |
|---|---|---|---|---|
| 還暦 | かんれき | 61歳 | 赤 | 干支が60年で一巡し、生まれ年に還ります |
| 古稀 | こき | 70歳 | 紫、紺 | 杜甫の詩、人生七十古来稀なりに由来します |
| 喜寿 | きじゅ | 77歳 | 紫、黄 | 喜の草書体が七十七と読めることから |
| 傘寿 | さんじゅ | 80歳 | 金茶色、黄、紫 | 傘の略字が八十と読めることから |
| 半寿 | はんじゅ | 81歳 | 金茶色、金、黄 | 半の字が八、十、一に分解できることから |
| 米寿 | べいじゅ | 88歳 | 金茶色、金、黄 | 米の字が八十八に分解できることから |
| 卒寿 | そつじゅ | 90歳 | 白 | 卒の俗字が九十と読めることから |
| 白寿 | はくじゅ | 99歳 | 白 | 百から一を取ると白になることから |
| 百寿 | ももじゅ | 100歳 | 白 | 紀寿とも呼ばれます |
還暦の赤は、干支が一巡して生まれた年に還ることから、赤ちゃんに還るという意味に重ねられたものです。
古稀の紫は、聖徳太子が定めた冠位十二階で最上位の色が紫であったことから、高貴な色とされるようになった流れを汲みます。傘寿や米寿の金茶色は、陰陽五行説で土を表す黄色に通じる色とされ、万物を育てる性質を象徴するといわれます。
米寿の由来にある米という字は、日本人の命を支えてきた穀物そのものです。八十八という縁起のよい数と、米という字が重なることで、いっそうめでたいものとされました。
なお、贈り物として知られるちゃんちゃんこの色や選び方については、長寿祝いのちゃんちゃんこについて詳しく解説した記事をご覧ください。年齢ごとの色の意味や、実際に贈るときの考え方がまとめられています。
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神社で行う、長寿のお祝い
長寿の祝いは、家庭だけのものではありません。神社でも、そのための祭りが行われています。
算賀祭(さんがさい)、あるいは祝賀奉告祭(しゅくがほうこくさい)と呼ばれます。神社本庁は、これを次のように説明しています。命の営みを神さまに感謝し、年を重ねる喜びや家族や友人を大切に思う心を確認し合う節目の儀礼である、と。
この一文を、筆者は重く受け止めています。感謝する相手が三つ挙げられているからです。命の営みそのもの、年を重ねたという事実、そして家族や友人。祝われる本人を称えるだけの行事ではないのです。
お願いする場合の流れ
七五三や厄払いと同じく、社務所に申し込む形が一般的です。祈祷の受付を行っているかどうかは社によって異なりますので、事前に確認されるのが確実です。
年齢については、数え年と満年齢のどちらで数えても差し支えないとされています。地域によってさまざまな習慣があるためです。迷われた場合は、その神社の慣習に合わせるのがよいでしょう。
神社本庁の公式サイトには、長寿を祝う神事についての解説が掲載されています。節目ごとの由来やゆかりの色が丁寧に紹介されていますので、あわせてご覧になるとよいと思います。
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筆者の考察 「何歳から」という問いについて
この問いは、比較的新しいものです
算賀には、何歳から祝うかという迷いがありませんでした。40歳、50歳と、到達すべき年が先に決まっていたからです。その年になれば祝う。ならなければ祝わない。単純でした。
いま私たちが迷っているのは、敬老の日が特定の年齢と結びついていないからです。誰を対象とするかが決まっていない行事に、対象を探している。だから何歳からという問いが生まれます。
しかし、決まっていないことは欠陥ではないと筆者は思います。むしろ、それぞれの家庭が自分たちで決めてよい、ということです。
老いを認めることが失礼に…、祝う理由が逆転
算賀は、生き延びたことを祝う行事でした。40年生きられる人が多くなかった時代に、そこへ到達したことを寿いだのです。
ところが現代では、年齢を持ち出すこと自体が気を使う話題になっています。まだ若いですね、が褒め言葉として通用し、老いを認めることが失礼になりかねない。祝う理由だったものが、避けるべき話題に変わってしまいました。
寿命が延びたのは喜ばしいことです。しかしその結果、年を重ねること自体を祝う感覚が薄れたのだとすれば、少し惜しい気がします。本当に現代では日本人の寿命は伸びに延びて米寿や卒寿に到達する人はかなり増えました。年を取ったことをお祝いしようとすると逆に、まだ若いんだからちゃんちゃんこなんか着たくないなどと反論されてしまうくらいです。もしかすると日本人はこのように老いを認めてみんなからお祝いしてもらうことに感謝して謙虚に生きていくという状態から、少しずつしく生きる生き方に変わってきているのかもしれないです。
年齢ではなく、関係を確かめる日として
そこで、先ほどの神社本庁の一文に戻ります。年を重ねる喜びや、家族や友人を大切に思う心を確認し合う節目の儀礼。
確認し合う、という言い方がされています。一方が祝い、一方が祝われるのではありません。互いに確かめ合う場だ、というのです。
そう考えれば、何歳からという問いの重みも変わってきます。相手が何歳であるかより、しばらく会えていないかどうか、声をかけられているかどうかのほうが大事になる。年に一度、そのための口実として祝日が置かれている。そういう使い方でよいのだと思います。
自分の親やおじいちゃんおばあちゃんなどの身内の人を祝うのであれば嬉しいものですが、国全体として見てみると高齢社会の中で必ずしも高齢者に対して敬いの気持ちを持てるかというとそうでない場面もあります。
労わるのではなく、頼る。敬老という言葉の本来の意味は、ここら辺に置かれてきたのだと思いますが、だんだんに年をとっているんだから私の方が偉い、若者は年寄りをしっかり支えなさいという空気感が出ているのは少し気をつけなくてはいけないところです。

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敬老の日についてよくある質問
60歳の親を敬老の日に祝ったら失礼でしょうか
ご本人の受け取り方によります。まだ現役で働いておられる方の場合、老人扱いされたと感じられることがあります。心配であれば、敬老の日という名目を出さず、一緒に食事をする日として設けるのがよいと思います。還暦のお祝いとして行うなら、年齢が理由として明確なので受け入れられやすくなります。
敬老の日は誰が誰にお祝いするものですか
決まりはありません。孫から祖父母へ、子から親へ、地域から高齢の住民へ、いずれの形もあります。発祥の村では、村という共同体が地域のお年寄りを招く形でした。家族に限られた行事ではないということです。
自治会の敬老会は何歳から招くのが一般的ですか
地域によって異なり、全国共通の基準はありません。70歳以上、75歳以上といった線を各自治会で定めている例が多いようです。高齢化に伴って対象年齢を引き上げる地域も増えています。前例と、現在の住民構成をもとに判断されるのがよいでしょう。
敬老の日と長寿のお祝いは、一緒にしてもよいですか
差し支えありません。還暦や米寿にあたる年であれば、親族が集まりやすい敬老の日に合わせて行うのは合理的です。ただし長寿のお祝いは誕生日に行う家庭も多いため、ご本人やご家族の慣習を確かめておくと安心です。
年齢は数え年と満年齢のどちらで考えますか
どちらでも差し支えないとされています。かつては数え年が基本でしたが、現在は満年齢で行う例も多くなっています。地域や家の習慣に合わせてお決めください。神社で祈祷を受ける場合は、その社の扱いを尋ねるのが確実です。
敬老の日はいつまで祝うものですか
終わりの定めもありません。何歳まで、という区切りはなく、続けられる限り続けてよい行事です。ご本人の体調や、集まる側の事情に応じて、形を変えながら続けることのほうが大切だと思います。
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まとめ
敬老の日に、何歳から祝うという決まりはありません。祝日法にも老人福祉法にも年齢の規定はなく、65歳という数字は統計や医療制度のための区分にすぎません。文化と風習に委ねられた領域です。
起源は1947年、兵庫県の野間谷村で開かれた敬老会でした。9月15日という日取りは、農閑期で気候がよいという実際的な理由で選ばれています。2003年から祝日は9月の第3月曜日に移り、9月15日は老人の日として残りました。
日本にはそれ以前から、算賀という長寿の祝いがありました。当初は40歳から10年ごと。衰えを労わるのではなく、そこまで生きたという到達を祝う行事です。神社の算賀祭は、命の営みに感謝し、年を重ねる喜びと、家族や友人を大切に思う心を確認し合う場だと説明されています。
何歳からかを決めるより、年に一度、会いに行く口実として使う。そのくらいの受け止め方が、この行事にはちょうどよいのではないでしょうか。











