萬幡豊秋津師比売命(ヨロズハタトヨアキツヒメ)とは?天孫を生んだ機織りの女神

萬幡豊秋津師比売命(ヨロズハタトヨアキツヒメ)とは?天孫を生んだ機織りの女神

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祓え給い、清め給え

萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)は、日本神話に登場する女神です。名前が長く読みにくいため、豊秋津姫命(とよあきつひめのみこと)と略して呼ばれることもあります。天孫降臨の主役である邇邇芸命(ににぎのみこと)を生んだ母神であり、皇室の祖先につながる重要な系譜に位置する神でありながら、その神話上の出番は意外なほど少なく、多くの人にとってなじみの薄い神かもしれません。

この記事では、萬幡豊秋津師比売命がどのような神なのか、その系譜や神話での役割、名前に込められた意味、そして機織りの女神としての信仰やご利益まで、記紀の記述に沿って掘り下げていきます。

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萬幡豊秋津師比売命とはどんな神様か

萬幡豊秋津師比売命は、造化三神の一柱である高御産巣日神(たかみむすびのかみ)の娘とされる女神です。高御産巣日神は高木神(たかぎのかみ)とも呼ばれ、高天原(たかまがはら)において物事を生み出す力を司る、非常に格の高い神です。その娘である萬幡豊秋津師比売命もまた、天津神(あまつかみ)の系譜に連なる高貴な女神ということになります。

この神の最も大きな特徴は、天孫降臨神話における「天孫の母」であることです。萬幡豊秋津師比売命は、天照大御神の子である天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)と結ばれ、天火明命(あめのほあかりのみこと)と邇邇芸命という二柱の御子を生みました。このうち邇邇芸命が、地上を治めるために高天原から降りてくる天孫降臨の主役です。

つまり萬幡豊秋津師比売命は、天照大御神から見れば孫にあたる邇邇芸命を生んだ母であり、その血筋は初代神武天皇を経て現在の皇室へとつながっていきます。日本の神話における最も重要な系譜の一つに、この女神が母として位置づけられているのです。

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名前に込められた意味

萬幡豊秋津師比売命という長い名前には、この女神の本質が込められています。一つずつ意味をひもといていきます。

「萬幡(よろづはた)」の「幡(はた)」は、織った布や機織り機を意味します。「萬(よろづ)」は数が多いことを表すので、萬幡で「たくさんの織物」という意味になります。

「豊秋津(とよあきつ)」の「豊」は美称で、豊かさを表す言葉です。「秋津」はトンボの古い呼び名です。萬葉集にも「あきづ羽の袖」という表現が見られるように、トンボの羽のように薄くて上質な布を、トンボにたとえたものと考えられています。なお「秋津」を、稲が豊かに実る秋の意味に解し、穀物の実りを表すとする説もあります。

「師(し)」は、専門の技術を持った者を指すとされ、ここでは機織りの技術を持つ織女(おりめ)を意味すると考えられています。

これらを合わせると、萬幡豊秋津師比売命という名は「たくさんの布で、トンボの羽のように薄く上質な織物を織り上げる、優れた織女の女神」という意味になります。名前そのものが、この神が機織りの女神であることを物語っているのです。

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神話での役割とエピソード

天孫降臨の場面

萬幡豊秋津師比売命が記紀に登場する主な場面は、天孫降臨神話です。

『古事記』によると、天照大御神と高木神は、葦原中国(あしはらのなかつくに)の平定が終わったことを受けて、天照大御神の子である天忍穂耳命に、地上へ降りて国を治めるよう命じました。ところが天忍穂耳命は「降りる準備をしている間に、子が生まれました。この子を降ろすのがよいでしょう」と答えます。この生まれたばかりの子こそが邇邇芸命であり、天忍穂耳命と萬幡豊秋津師比売命との間の御子でした。

こうして、母である萬幡豊秋津師比売命が生んだ邇邇芸命が、天照大御神から三種の神器を託され、地上へと降りていくことになります。萬幡豊秋津師比売命は、物語の前面に立って何か行動を起こすわけではありませんが、天孫降臨という一大事の「天孫を生んだ母」として、その根幹に位置しているのです。

記紀では出番が少ない神

興味深いことに、これほど重要な系譜に位置する神でありながら、萬幡豊秋津師比売命について記紀が語る具体的な事績は、ほとんどありません。『古事記』でも『日本書紀』でも、この神は主に系譜を説明する記述の中に登場するにとどまり、自ら何かを成し遂げるような物語は残されていないのです。これは『先代旧事本紀』や『古語拾遺』といった他の古典でも同様です。

そのため、この神がどのような神格を持つのかは、もっぱら名前の意味や、後世に祀られた神社の伝承から推し量るしかありません。そして名前に「幡」の字が共通して含まれていることから、機織りの女神とみなされてきました。

ここからは筆者の想像も交えた見方になりますが、記紀にほとんど事績が描かれないということは、逆に言えば、この神が「静かに天孫を生み育てた母」という存在として捉えられていたことの表れなのかもしれません。派手な武勇や事件で語られるのではなく、次の世代を生み出し、支える存在として神話の奥に位置している。そうした在り方そのものが、この女神の性格を示しているようにも感じられます。

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たくさんの別名を持つ神

萬幡豊秋津師比売命を調べていくと、非常に多くの別名が出てくることに気づきます。これはこの神の大きな特徴の一つです。

『古事記』では萬幡豊秋津師比売命と記されますが、『日本書紀』の本文では栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)と表記されます。さらに『日本書紀』の一書(異伝)では、萬幡豊秋津媛命、萬幡姫、栲幡千千姫萬幡姫命、千千姫命、天萬栲幡千幡姫など、実にさまざまな名前で登場します。

栲幡千千姫の「栲(たく)」は、白膠木(ぬるで)という、うるし科の低い木の繊維を指し、これも布の材料になるものです。「千千(ちぢ)」は、たくさんあるという意味とも、織り地が縮んで美しい様子を表すとも言われます。いずれにしても、萬幡でも栲幡でも、名前の核にあるのは機織りと織物です。

これほど別名が多い理由について、研究者からは興味深い説が出されています。「萬幡」を冠する神名と「栲幡」を冠する神名は、もともと別々の女神だったのではないか、という見方です。「萬幡」の神は天照大御神と関わる系統(アマテラス系)の伝承に登場する女神で、「栲幡」の神は高御産巣日神と関わる系統(タカミムスヒ系)の伝承に登場する女神であり、これらが後に一柱の神として統合されていったのではないか、と考えられています。名前の揺れの多さは、日本神話が複数の伝承を束ねて成り立っていることの痕跡なのかもしれません。

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機織りの女神と天照大御神

萬幡豊秋津師比売命が機織りの女神とされることは、天照大御神との深い関わりにもつながっています。

日本神話の中で、機織りは神聖な仕事として描かれています。天照大御神は忌服屋(いみはたや)という神聖な機織り小屋で、神に捧げる御衣(みそ)を織女に織らせていました。須佐之男命が天岩戸神話の前に高天原で乱暴を働いた際、この機織り小屋に皮を剥いだ馬を投げ入れ、驚いた織女が命を落とすという場面もあります。それほどに、機織りは神々の世界で重要な意味を持っていました。

平安時代初期に編纂された『皇太神宮儀式帳』には、「萬幡豊秋津姫」が天手力男神(あめのたぢからおのかみ)とともに、天照大御神と同じ社殿に祀られていることが記されています。このことから、萬幡豊秋津師比売命は、もともと天照大御神の信仰と結びついた機織りの女神であったとする説があります。神に捧げる神聖な衣を織る女神として、天照大御神をお側で支える存在だったと考えられるのです。

現在も、萬幡豊秋津師比売命は伊勢神宮内宮の相殿神(あいどのしん)として、天照大御神とともに祀られています。天孫を生んだ母であり、神聖な織物を司る女神として、皇室の祖神のかたわらに位置しているのです。

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ご神徳とご利益

萬幡豊秋津師比売命のご神徳は、その性格に対応して複数あるとされています。

まず、機織りの女神であることから、織物や衣服、裁縫、服飾業の守護というご利益があります。糸を績み、布を織り上げる技術の神として、古くから機織りや染織に関わる人々の信仰を集めてきました。

次に、天孫である邇邇芸命を生んだ母神であることから、安産や子宝、子孫繁栄のご利益があるとされています。若々しい生命力を持つ天孫を生んだ女神として、女性の生命力の象徴とも捉えられてきました。

さらに、神に捧げる清らかな衣を織る女神という性格から、心身を清め整える鎮魂(たましずめ)の徳があるとも言われ、家内安全、開運、商売繁昌、清め祓いといったご利益で信仰されることもあります。乱れた心を鎮め、清らかさを取り戻すという意味合いは、神聖な織物を織り上げるという仕事の静けさや丁寧さと重なるものがあるのかもしれません。

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萬幡豊秋津師比売命を祀る神社

萬幡豊秋津師比売命は、栲幡千千姫命などの別名も含めると、全国の多くの神社で祀られています。機織りにゆかりの深い神社が多いのが特徴です。

最もよく知られているのが、愛知県一宮市にある機織神社(はたおりじんじゃ)です。尾張国一之宮である真清田神社(ますみだじんじゃ)の摂社で、織物の守護神として崇敬されています。一宮という地名自体が真清田神社に由来し、この地域は古くから織物、繊維産業が盛んな土地でした。機織りの女神を祀るにふさわしい土地柄と言えます。

そのほか、三重県四日市市の服織神社(はとりじんじゃ)、京都府福知山市の皇大神社の境内社である栲機千々姫社、神奈川県横浜市の白幡神社など、各地に祀られています。また前述の通り、伊勢神宮内宮では相殿神として天照大御神とともに祀られており、各地の伊勢神社や大神宮でもその一柱として祀られていることがあります。

神社名所在地備考
機織神社愛知県一宮市真清田神社の摂社、織物守護
服織神社三重県四日市市機織りにゆかりの神社
栲機千々姫社京都府福知山市皇大神社の境内社
白幡神社神奈川県横浜市南区栲幡千千姫命を祀る
皇大神宮(伊勢神宮内宮)三重県伊勢市相殿神として祀られる

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まとめ

萬幡豊秋津師比売命は、高御産巣日神の娘であり、天照大御神の子である天忍穂耳命と結ばれて、天孫降臨の主役である邇邇芸命を生んだ母神です。その血筋は皇室へとつながる、日本神話の中でも重要な系譜に位置しています。

記紀での具体的な事績はほとんど残されていませんが、その名前が示す通り、トンボの羽のように薄く上質な布を織り上げる機織りの女神として信仰されてきました。天照大御神と同じ社殿に祀られ、神に捧げる神聖な衣を織る女神として、皇室の祖神を支える存在でもありました。

織物や服飾の守護、安産や子宝、そして心を清め鎮める鎮魂の徳など、そのご利益は生活に密着したものばかりです。派手な物語で語られることは少ないものの、次の世代を生み育て、清らかな衣を織り続けるという、静かで確かな役割を担った女神。それが萬幡豊秋津師比売命なのです。

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祓え給い、清め給え

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